“間が合わない”ことってある。
お互いに合わせようとはしている筈なのだけれど。
別に誰も悪くないのだ。
だから、なおさらもどかしい。

商店街を自転車で走っている。
と、向こうからも自転車がやってくる。
しかも、おばちゃんの乗った自転車がやってくる。
ぶつかるといけないからハンドルを右に切る。
するとおばちゃんは左に切る。
あ、そうか、とハンドルを左に切る。
するとおばちゃんは右に切る。
おぉ、そうきたか、とハンドルを右に切る。
するとおばちゃんは左に切る。
ぶつかるじゃないか、とハンドルを左に切る。
するとおばちゃんは右に切る。
このままでは本当にぶつかるのでハンドルを右に切るふりをして左に戻す。
するとおばちゃんはハンドルを切らない。
あぁっ、ぶつかる！
と思った瞬間、おばちゃんは自転車を横にさっと降りる。

商店街を通り抜けた所にあるお蕎麦屋さんで、ざるそばを食べる。
食べ終わると“そば湯”が出て来る。
結構くせになるんだな、これ。
僕は“そば湯”だけで飲むのが好きだ。
だから、そばつゆは要らなくなる。
お茶が入っていた湯のみに“そば湯”を入れて飲もう、と思いつく。
湯飲みに残っていたお茶を、クイっとを飲み干す。
さぁ“そば湯”を入れよう、とした瞬間。
「お茶、お入れしておきますね。」
とお店のおばちゃんが、お茶の湯のみに迅速にお茶を注ぐ。
お茶の湯のみに、お茶を注ぐな〜っ！
などと意味不明のフレーズを心の中で絶叫する僕がいる。

で、食べ終わる。
店を出てしまう前にトイレに行こうと思う。
そう思って席を立ち上がる。
すると、明るく元気のいい声で、
「ありがとうございました〜」
と、お店のおばちゃん。
仕方がないので、そのまま会計を済まして外に出る。

駅前の自転車置き場に自転車を置く。
券売機のあたりまで来て、電車の入ってくる音。
急いで切符を買って改札を抜けようとする。
抜けようとするんだけれども、前のおばちゃんの動きが遅い！
乗れるとラッキーな日、乗れないとアンラッキーな日。
それくらい一日を左右するバロメーターにもなり得る乗車のタイミング。
ホームに着いた時にはもう電車の後姿しか…。

別に誰も悪くない。
自転車のおばちゃんも、蕎麦屋の店員のおばちゃんも、改札のおばちゃんも。
ギリギリまで自転車を降りないという、チキンレースさながらのパフォーマンス。
迅速な対応、明るく元気のいい声、という教科書通りの行動。
やはり長い人生の中で大切なのはマイペース。
そう、誰も悪くないのだ。
きっとそうに違いない。

とはいえ、幾らか引っ掛かることがある。
それは、すべての“間が合わない”瞬間に、
おばちゃんがかなりの確率で絡んでいるということ。
それは、ミュージシャンである僕の日常に、
音楽の神様と同じ位の確率で、こんな笑いの神様までも降りてくるということ。
そんなんいらんねん(笑）
そして、僕が電車に乗れなかったのは“間が合わない”のではなくって、
ただ単に“間に合わない”だけだろうに。